論文タイトル
Skin Rejuvenation Using Autologous Cultured Fibroblast Grafting
(自己培養線維芽細胞移植による皮膚の再生)
引用:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39781128/著者
廣瀬 嘉恵、藤田千春、兵頭 ともか、井上 永介、井上 肇
公開日: 2024年12月9日背景
近年、皮膚の若返り治療として「自己培養線維芽細胞移植」と「多血小板血漿(PRP)療法」が注目されています。PRP療法は血小板由来の成分が皮膚の再生を促進するのに対し、線維芽細胞移植は移植された細胞が皮膚の結合組織を作るだけでなく、周囲の細胞にも影響を与え、皮膚環境を改善する効果があると考えられています。本研究では、自己培養線維芽細胞移植の効果を検証しました。
はじめに(Introduction)
皮膚のしわやたるみは加齢や紫外線、生活習慣によって進行し、多くの人にとって外見上の悩みとなり、精神的なストレスを引き起こすことがあります。従来のヒアルロン酸やコラーゲンの注入は即効性がありますが、異物反応や仕上がりの不自然さ、注入ミスといった問題がありました。
これに対して、自己培養線維芽細胞移植や多血小板血漿(PRP)療法は、患者自身の細胞を使用するため、異物反応のリスクが少なく、安全性が高いと考えられています。
線維芽細胞はコラーゲンやエラスチンを生成し、皮膚のハリと弾力を維持する役割を持ちます。また、移植された線維芽細胞は周囲の細胞にも働きかけ、皮膚全体の再生を促します。
PRP療法は長年にわたって利用され、PRPに含まれるサイトカインは、上皮細胞や線維芽細胞の増殖を促進し、コラーゲンの合成を活性化します。1995年には自己皮膚由来の線維芽細胞を用いた治療が確立されました。線維芽細胞移植の場合、結合組織を増やすだけでなく移植された線維芽細胞が分泌するサイトカインによって、周囲の細胞が刺激され、結合組織の代謝を活性化させると考えられています。
本研究では、自己培養線維芽細胞移植の効果と安全性について、患者と医師の評価を通じて検証し、従来のヒアルロン酸やPRP療法との違いについても考察しました。方法
本研究では、88名(男性5名、女性83名)の患者を対象に、自己培養線維芽細胞を顔に移植しました。対象者はすべて、加齢による皮膚の萎縮(たるみ、しわ、ハリの低下)を主な悩みとしていました。
- 施術方法
- 各患者の顔に約1億個の自己培養線維芽細胞を注入。
- 評価方法
- 施術後1ヶ月および3ヶ月の時点で、患者自身と医師が効果を評価。
結果
1ヶ月後の評価
- 患者の評価: 60.3%が「効果があった」と回答。
- 医師の評価: 79.5%が「効果があった」と判断。
3ヶ月後の評価
- 患者の評価: 75.0%が「効果があった」と回答。
- 医師の評価: 92.0%が「効果があった」と判断。
3ヶ月後の方が、1ヶ月後よりも効果が高まることが確認されました。
図1:線維芽細胞移植の治療前後の症例
患者の詳細:
(a, b): 40歳女性 (c, d, e): 50歳女性
結果:
(a): 治療前/(b): 治療3ヶ月後/ (c): 治療前/(d): 治療1ヶ月後/(e): 治療3ヶ月後
ほうれい線の溝は、3ヶ月後には顕著に改善されました。また、肌の質感や弾力も治療前より大幅に向上しました。50歳女性の額の細かいしわの改善が、40歳女性よりも効果的であることが確認されました。考察
線維芽細胞は、皮膚の弾力を維持する「コラーゲン」や「エラスチン」などの成分を作る細胞です。加齢に伴いこれらの成分は減少するため、皮膚が萎縮してしまいます。本研究では、自己培養線維芽細胞移植が加齢による肌のたるみ、しわ、ハリの低下に対して有効であることが確認されました。特に、施術後3ヶ月の方が1ヶ月後よりも効果が高いことが示され、長期的な改善が期待できる治療法です。
他の治療との比較
ヒアルロン酸は即効性があるが、不自然な仕上がりや投与する技術により仕上がりに差がでることがあります。
脂肪注入も効果的な治療法ですが、脂肪の採取は侵襲を伴い、注入後に内出血を伴う可能性があります。また、光治療(レーザなどの光線療法)などの非侵襲的な治療法も一定の効果を示すことが報告されています。線維芽細胞移植は、自然な仕上がりで、周囲の細胞にも作用し、持続的に改善が期待できます。ただし、深いしわの改善には限界があり、ヒアルロン酸との併用が有効かもしれません。
PRP療法とのレーザー治療の類似性
PRP療法(多血小板血漿療法)とレーザー治療は、ともに創傷治癒プロセスを活性化することで皮膚の再生を図る点で類似しています。(訳者注:『一度ケガをしたと思わせて、傷を治すスイッチを入れる。すなわち、PRPに含まれるサイトカインが、ケガをしたと周囲に錯覚させる。レーザーの場合は、皮膚に軽いやけどによる損傷を与えて、創傷治癒のスイッチを入れる』事で肌の再生を図る。)
創傷治癒の過程では、真皮に存在する線維芽細胞が活性化されるので、古いプロテオグリカンやコラーゲンなどを分解して新しいこれらの結合組織成分を産生します。この創傷治癒過程での線維芽細胞の増殖と結合組織の生成は、多様な細胞から分泌される成長因子(細胞の増殖を促すタンパク質)によっても調節されます。
さらに、線維芽細胞が産生するサイトカイン(細胞間の情報伝達物質)や成長因子が、周囲の皮膚組織の代謝を調節することで、皮膚の再生が促されます。このパラクリン効果(細胞が周囲の細胞に影響を与える作用)が、線維芽細胞移植のメカニズムの重要な要素となっています。
線維芽細胞移植は、単なるボリューム補填ではなく、周囲の皮膚細胞の代謝やターンオーバーを活性化する治療法であると考えられます。自己細胞治療の標準化
線維芽細胞は、PRPと同様に皮膚の再生に有効な細胞治療技術ですが、患者自身の細胞を使用するため、個人差によって治療効果にばらつきが生じる可能性があります。
PRP療法では、血液採取や投与量、頻度、投与方法の標準化が必要とされています。同様に、線維芽細胞移植でも、培養環境や細胞の回収方法を標準化することで、一定の治療効果を確保できる可能性があります。
さらに、ヒアルロン酸などの一般的な注入技術と組み合わせることで、施術者の技術による仕上がりの差を抑え、より安定した効果が得られる可能性があります。治療手技の標準化が進むことで、線維芽細胞移植の効果を客観的に評価できるようになると考えられます。本研究の限界
本研究では、医師の評価が患者の評価より一貫して高い結果となりました。これは、医師は顔全体のバランスで評価するのに対し、患者は特定の気になる部位に注目する傾向があるためです。また、患者は鏡を通した二次元的な視点で見ているため、全体的な改善を実感しにくい可能性があります。
エイジングケアによる治療効果を客観的に数値化することは難しく、しわの深さや弾力の測定は可能でも、その結果と患者の満足度は必ずしも一致しません。そのため、美容医療では、医師の評価よりも患者の満足度を重視する方が現実的であると言えます。
また、本研究はランダム化比較試験(RCT)を実施していないため、結果の信頼性には限界があります。今後は、より厳密な研究デザインで治療効果を検証する必要があります。結論
本研究では、自己培養線維芽細胞移植が施術1ヶ月後よりも3ヶ月後に高い効果を示し、特にたるみやハリの低下、小じわの改善に有効であることが確認されました。線維芽細胞移植は、ヒアルロン酸のようなフィラーと比べて、深いしわへのボリューム効果は限定的ですが、より自然な仕上がりが期待できます。
自己培養線維芽細胞移植は即効性のある治療ではありません。しかし長期的で自然な仕上がりの効果が見込めるため、ヒアルロン酸注射とは異なる有望な治療の選択肢といえます。ただし、深いしわには限界があるため、ヒアルロン酸との併用で、効果が得られる可能性もあるかもしれない。また、線維芽細胞移植治療はPRP療法よりも効果の持続期間が長い可能性があり、今後は両者の詳細な比較研究の必要があります。今後の課題として、PRPなど他の再生医療技術との違いを明確にし、細胞加工物の(例えばPRPと線維芽細胞の皮膚の状態に応じた)適応症ごとに使い分けをする治療法の確立することが求められます。論文概要
- 著者・所属
- 医療法人社団優恵会 理事長
銀座よしえクリニック 総院長
廣瀬 嘉恵- 株式会社 細胞応用技術研究所
藤田 千春- 銀座よしえクリニック新宿院 院長
川田 萌香- 昭和大学 研究管理センター 医学統計学
井上 栄介- 銀座よしえクリニック 再生医療センター 技術責任者
聖マリアンナ医科大学 客員教授
井上 肇